空母【飛鷹/Hiyo】竣工:1942年7月31日

大日本帝国海軍 連合艦隊 :航空母艦『飛鷹』

大日本帝国海軍連合艦隊の空母【飛鷹/Hiyo】

空母『飛鷹/ひよう』は、もともとは民間高速客船『出雲丸』として起工したが、建造途中で大日本帝国海軍に買い取られ、航空母艦に改装された。飛鷹型航空母艦の1番艦としている資料もあれば、隼鷹型航空母艦の2番艦としている資料も存在する。太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)末期まで存命し、マリアナ沖海戦にて戦没した。

日本海軍:空母『飛鷹』の性能

航空母艦飛鷹は、川崎重工業神戸造船所で建造していた橿原丸級貨客船出雲丸を日本海軍が買収し、軍艦へと改造した特設空母である。比較的に低速であったが、中型正規空母並みに航空機を搭載できたため、その航空機運用能力を活かし戦闘にも参加した。竣工時の武装は40口径12.7cm連装高角砲6基と25mm3連装機銃8基のみであったが、後に機銃を増強し対空戦闘能力を向上させた。 ■全長:219.32m ■全幅:27.30m ■乗員:1,187名 ■排水量:29,471t ■巡航能力 □速力:25.63kt □航続距離:21,683km(18kt) ■戦時最終兵装 □40口径八九式12.7cmA1型改Ⅱ連装高角砲:6基 □九六式25mm3連装機銃:16基 □九六式25mm単装機銃(移動式):12挺 ■レーダー □二式2号電波探信儀1型:1基 ■搭載機:常用48機 □零式艦上戦闘機:12機 □九七式艦上攻撃機:18機 □九九式艦上爆撃機:18機

空母『飛鷹』の慰霊碑

空母飛鷹はマリアナ沖海戦で大破した後、曳航作業中に沈没した。乗員約250名が艦と運命をともにしたとされる。後に生存者が「飛鷹会」を結成し、1983年8月9日に京都嵐山美術館にて慰霊碑を建立した。しかし同館が閉鎖されたことで1995年6月20日に和歌山の白浜御苑へ移設。これもまた閉鎖となったため、2002年4月17日、慰霊碑は広島県の呉海軍墓地・長迫公園に移設された。

『飛鷹』が参加した海戦
フロリダ沖海戦 山本五十六が仕掛けた最期の作戦!
マリアナ沖海戦 迫る絶望…それでも戦い続ける

トップ:大日本帝国海軍 連合艦隊の空母

【空母いぶき】海上自衛隊 vs 中国人民解放軍!人気漫画家が描く、現代日本の極限リアル

115円~

連合艦隊の艦艇・航空機

↑ PAGE TOP