The Philippine Seaww2:1944年6月19日~20日
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マリアナ沖海戦(フィリピン海海戦)/Battle of the Philippine Sea

マリアナ沖海戦

太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)末期、マリアナ沖海戦が生起するまでの半年間で、大日本帝国は、圧倒的な国力を持つアメリカの本気を思い知らされていた。さらに、海軍乙事件により、大日本帝国海軍連合艦隊の最重要機密文書がアメリカ軍の手に渡る。それを知らぬまま、連合艦隊司令部あ号作戦を発動。作戦の全貌が敵に筒抜けの状態で、マリアナ沖海戦に大艦隊を投入した。別名「フィリピン海海戦」。大日本帝国の栄光という陽は、いよいよ絶望と哀しみの淵に沈みゆく。

動画:マリアナ沖海戦をCGで再現した映像

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マリアナ沖海戦での各国の参加艦船

【日本海軍】 ■指揮官 「小沢治三郎中将」「栗田健男中将」「角田覚治中将」 ▼空母:9隻(▽搭載機:計498機) 『大鳳(旗艦)』『瑞鳳』『千歳』『瑞鶴』『千代田』『龍鳳』『隼鷹』『翔鶴』『飛鷹』 ▼戦艦:5隻 『大和』『武蔵』『金剛』『長門』『榛名』 ▼重巡洋艦:11隻 『妙高』『羽黒』『最上』『愛宕』『高雄』『鳥海』『熊野』『鈴谷』『利根』『筑摩』『摩耶』 ▼軽巡洋艦:2隻 『矢矧』『能代』 ▼駆逐艦:23隻 『朝雲』『磯風』『浦風』『初月』『若月』『秋月』『霜月』『満潮』『野分』『山雲』『時雨』『五月雨』『秋霜』『早霜』『浜風』『長波』『朝霜』『岸波』『沖波』『藤波』『浜波』『玉波』『島風』  VS 【アメリカ海軍】 ■指揮官 「レイモンド・スプルーアンス大将」「マーク・ミッチャー中将」 ▼空母:15隻(▽搭載機:計901機) 『レキシントンⅡ』『ホーネットⅡ』『ヨークタウンⅡ』『ベロー・ウッド』『バターン』『モントレー』『カボット』『エンタープライズ』『プリンストン』『サン・ジャシント』『エセックス』『カウペンス』『ラングレー』『バンカーヒル』『ワスプⅡ』 ▼戦艦:7隻 『ワシントン』『アイオワ』『ニュージャージー』『アラバマ』『ノースカロライナ』『サウスダコタ』『インディアナ』 ▼重巡洋艦:8隻 『インディアナポリス(旗艦)』『ボストン』『キャンベラ』『ボルチモア』『ニューオリンズ』『サンフランシスコ』『ミネアポリス』『ウィチタ』 ▼軽巡洋艦:11隻 『オークランド』『サンファン』『サンタフェ』『モービル』『ビロクシー』『バーミンガム』『クリーブランド』『レノ』『ビンセンス』『マイアミ』『サンディエゴ』 ▼駆逐艦:67隻

マリアナ沖海戦・戦闘の経過

マリアナ沖海戦に万全の態勢で臨むアメリカ艦隊であったが、先に敵を発見し先制攻撃を仕掛けたのは日本側だった。 6月19日3時30分、小沢治三郎中将率いる機動部隊が索敵を開始し、約3時間後、北マリアナ諸島サイパン島西部に、アメリカ海軍の機動部隊である第58任務部隊を発見。第一次攻撃隊として直ちに、空母『千歳』『千代田』『瑞鳳』から、爆装した零戦43機を含む計64機が飛び立ち、さらに『大鳳』『翔鶴』『瑞鶴』から第二次攻撃隊128機が出撃した。 このマリアナ沖海戦の航空作戦において、小沢治三郎中将はアウトレンジ戦法を採用していた。敵機動部隊の射程圏外から一方的に攻撃するというのである。しかしこれは、航空機について知識も興味もない彼ゆえの戦法であった。小沢治三郎中将は「飛行機は弾丸の代わりと考える」とし、他者の意見を聞く耳も持たず、むしろ"勝ち戦にしかならない"と絶対の自信を持っている様子であったという。 そんな小沢機動部隊を密かに追跡する影があった。アメリカ海軍のガトー級潜水艦アルバコアである。アウトレンジから一方的に攻撃できるという油断から楽観的ムードに包まれていた旗艦『大鳳』に、8時10分、アルバコアの放った6本の魚雷のうちの1本が命中する。しかしこの時の損傷は軽微であった。 一方、9時35分より、第一次攻撃隊、第二次攻撃隊がアメリカ艦隊に到達し、攻撃を開始。しかし通常の2人乗り爆撃機と違い、全ての操縦を1人で行う零戦による爆撃は、練度の低いパイロットたちには荷が重過ぎた。また、アメリカ艦隊の圧倒的な航空戦力と、レーダーを用いた最新鋭防空システムの前にはまるで歯が立たず、攻撃隊は次々と撃ち落とされていく。 結局、小沢機動部隊の先制攻撃は、空母『バンカーヒル』、戦艦『サウスダコタ』、重巡洋艦『ミネアポリス』を小破させるに留まった。その一方で、出撃した航空機の損失は非常に激しく、ここまでで既に99機をも失うこととなった。そのなかには、生き残ったものの、遠すぎて母艦に戻れなかった未帰還機も多数含まれている。 この後、10時28分までに、第三次攻撃隊、第四次攻撃隊、第五次攻撃隊が出撃するもアメリカ艦隊を発見できず、未帰還機が増えるのみとなった。アウトレンジから数百km先の目標位置に、長時間をかけて到達するまでに、時間経過のなかで誤差が大きく生じたためである。 そんな折の11時20分、小沢機動部隊に接近したアメリカ海軍潜水艦カヴァラが雷撃。『翔鶴』は4本の魚雷を受け大破した。 13時40分、第六次攻撃隊はアメリカ艦隊を発見し攻撃に移るが、戦果はなし。 その後、大破していた『翔鶴』で気化した燃料が引火し大爆発。続いてさらに『大鳳』も大爆発を起こし、2隻の空母は間もなく沈んでいった。

マリアナ沖海戦・米軍決死の反撃

マリアナ沖海戦2日目となる6月20日未明、態勢立て直しのため北上した小沢機動部隊は、再び索敵行動を開始する。しかし今度は、先に敵を発見したのはアメリカ艦隊側であった。 マーク・ミッチャー中将は、16時過ぎ、航続可能な距離ギリギリにいる日本艦隊へ向け、あえて帰途については考慮せず計216機の攻撃隊を発進させた。 17時30分、アメリカ軍攻撃隊が小沢機動部隊の上空に到達。皮肉にも、アウトレンジ返しをされるかたちで空襲を受け『飛鷹』が大破、他の艦艇も損傷してしまう。かろうじて生き残ったかに見えた『飛鷹』であったが、その後さらに潜水艦の雷撃を受け、ガソリンタンクが爆発、19時30分頃に沈没した。無謀な攻撃により、アメリカ軍攻撃隊もこの一度のみで100機以上を損失した。 その直後、連合艦隊司令長官より離脱を命じられ、小沢機動部隊はあ号作戦を中止し撤退。マリアナ沖海戦はこうして幕を閉じた。 大敗を喫したこのマリアナ沖海戦の影響で、東条英機を総理とする内閣は総辞職となり、続くサイパンの戦いでは日本兵3万名が玉砕。数々の海戦を指揮した南雲忠一中将も同島で自決した。 日本本土への侵入が容易になったことで、これ以降、日本の都市を中心に頻繁に空襲が行われるようになっていく。絶望の時代が始まった。

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マリアナ沖海戦での各国の被害状況

日本海軍>> 【沈没】:『大鳳』『翔鶴』『飛鷹』 【中破】:『隼鷹』 【小破】:『瑞鶴』『千代田』『龍鳳』『榛名』『摩耶』 ▽航空機:損失・損傷476機 アメリカ海軍>> 【小破】:『バンカーヒル』『ワスプⅡ』『サウスダコタ』『インディアナ』『ミネアポリス』『ウィチタ』 ▽航空機:損失・損傷130機

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