坊ノ岬沖/Pacific Oceanww2:1945年4月7日
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坊ノ岬沖海戦/Operation Ten-Go:連合艦隊水上特攻!戦艦大和の最後

天一号作戦・菊水作戦:坊ノ岬沖海戦

坊ノ岬沖海戦は、大日本帝国海軍連合艦隊の旗艦『大和』以下、複数の残存艦艇が水上特攻を仕掛けた際に生起した海戦。大日本帝国軍司令部は沖縄を守るため全軍に天一号作戦(菊水作戦)を発令。連合艦隊は残された僅かな戦力すべてを動員し部隊を編成、水上特攻を決行した。 戦わずして『大和』を失い死ぬより、戦って死ぬほうを選ぶという苦渋の決断でもあった。

動画:海底の戦艦大和

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坊ノ岬沖海戦での各国の参加艦艇

【日本海軍】 ■指揮官 「伊藤整一中将」「古村啓蔵少将」 ▼戦艦:1隻 『大和』 ▼軽巡洋艦:1隻 『矢矧』 ▼駆逐艦:8隻 『冬月』『涼月』『雪風』『初霜』『浜風』『朝霜』『磯風』『』  VS 【アメリカ海軍】 ■指揮官 「マーク・ミッチャー中将」 ▼空母:11隻(▽搭載機:計386機) 『ホーネット』『ベニントン』『エセックス』『バンカーヒル』『ハンコック』『イントレピッド』『ヨークタウン』『ベローウッド』『サンジャシント』『バターン』『ラングレー』 ▼戦艦:6隻 『マサチューセッツ』『インディアナ』『ニュージャージー』『サウスダコタ』『ウィスコンシン』『ミズーリ』 ▼重巡洋艦:2隻 『アラスカ』『グアム』 ▼他、巡洋艦:9隻 ▼駆逐艦:30隻以上

連合艦隊 最後の死闘:坊ノ岬沖海戦

前日の出撃時、伊藤整一第二艦隊司令長官は 【神機将ニ動カントス。皇国ノ隆替繋リテ此ノ一挙ニ存ス。各員奮戦激闘会敵ヲ必滅シ以テ海上特攻隊ノ本領ヲ発揮セヨ】 という訓示を全艦員に発した。この訓示の後、「各自の故郷に向かって挨拶せよ」との命令が出たという。軽巡洋艦『矢矧』の原艦長は、「生きて帰ることをためらってはならない」と乗組員に語った。熟練の将校や兵士は皆戦死し、ほぼ残っていない。平均年齢の若い兵士達も含め、この特攻作戦には誰もが悲壮な決意で臨んだ。 坊ノ岬沖海戦が生起することとなる当時、日本軍は航空機も乏しく、しかもほとんどが特攻任務に使用されており航空支援は望めなかった。4月7日当日もアメリカ軍の偵察機に追跡されており、この坊ノ岬沖海戦では艦隊の状況や針路なども筒抜けだった。 12時32分、ついにアメリカ軍空母艦載機386機による攻撃が開始される。雷撃・爆撃・銃撃が入り乱れる嵐のような猛攻で12時45分に駆逐艦『浜風』と『矢矧』が大破、それぞれ航行不能となった。13時8分には駆逐艦『涼月』に爆弾が命中し大破、同時に『朝霜』『浜風』も猛攻を受け大爆発の後に沈没した。 13時20分からは旗艦『大和』に攻撃機が来襲。敵機に対し24門の高角砲、約150門の機銃等による対空放火を行う『大和』だが、圧倒的な数のアメリカ軍機の攻撃を凌げず、魚雷や爆弾などにより損傷を増していく。この間に『霞』『磯風』が大破、航行不能となり、また複数の魚雷と爆弾を受けた『矢矧』が沈没した。 これまで生き残ってきた味方艦が次々に傷つき、脱落していくなか、魚雷10~30発、爆弾5~38発を被弾し続けた『大和』はついに転覆を始めた。伊藤整一中将は作戦の中止を宣言、「大和は沖縄まで到達不能。幕僚は駆逐艦に移乗して沖縄へ先行せよ」と命じ、自分は『大和』と運命を共にするべく、艦橋下の長官控室に降りていった。 完全に転覆した14時23分、『大和』は大爆発を起こした。 坊ノ岬沖海戦 この時、海面を衝撃波が伝い、その"キノコ雲"の煙は上空800mにまで達したという。 戦力といえる艦船を失った連合艦隊は、『大和』の壮絶な爆発を最後に、事実上壊滅した。

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坊ノ岬沖海戦での各国の被害状況

日本海軍>> 【沈没】:『大和』『矢矧』『浜風』『朝霜』 【大破】:『涼月』『磯風(航行不能)』『霞(航行不能)』 アメリカ海軍>> ▽航空機:損失12機 損傷52機

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