Vicinity of Savo Islandww2:1942年8月8日~9日
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第一次ソロモン海戦/Battle of Savo Island

第一次ソロモン海戦

ウォッチタワー作戦が発令された太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)中期の8月7日、ガダルカナル島ツラギ島にアメリカ軍海兵隊3000名が奇襲上陸し、さらに連合国軍大艦隊が出現。連合艦隊司令部の制止を振り切り、圧倒的多数の敵大艦隊の真っ只中へ、三川軍一中将率いる第八艦隊が決死の覚悟で斬り込む。後に第一次ソロモン海戦と呼ばれることとなる激しい闘いの火蓋が切って落とされた。

動画:当時の映像を交えた第一次ソロモン海戦の解説動画

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第一次ソロモン海戦での各国の参加艦船

【日本海軍】 ■指揮官 「三川軍一中将」 ▼重巡洋艦:5隻 『鳥海(旗艦)』『青葉』『古鷹』『加古』『衣笠』 ▼軽巡洋艦:2隻 『天龍』『夕張』 ▼駆逐艦:1隻 『夕凪』  VS 【アメリカ海軍】 ■指揮官 「クラッチレー少将(英)」 ▼重巡洋艦:4隻 『シカゴ』『ヴィンセンス』『クインシー』『アストリア』 ▼軽巡洋艦:1隻 『サンフアン』 ▼駆逐艦:8隻 『ヘルム』『ウィルソン』『バッグレイ』『モンセン』『ブキャナン』『ブルー』『パターソン』『ラルフ・タルボット』『ジャービス』 【オーストラリア海軍】 ▼重巡洋艦:2隻 『オーストラリア』『キャンベラ』 ▼軽巡洋艦:1隻 『ホバート』

強大な敵部隊へ向け第八艦隊出撃!

ソロモン諸島とサンタクルーズ諸島の奪還を重要視したアメリカ軍は、ミッドウェー海戦終了後の7月上旬、近海のフィジー諸島に、空母機動部隊を含めた多数の艦船と海兵師団兵力19000を投入。そして8月7日早朝、そのうちの3000名をソロモン諸島のガダルカナル島とツラギ島に上陸させた。大日本帝国軍に対し徹底反撃を行うウォッチタワー作戦の第一段階である。 当時の大日本帝国海軍でソロモン諸島方面を担当していたのは第八艦隊である。ツラギからの緊急入電を受けた第八艦隊司令部は、パニック気味になりながらも直ちに対応を開始。同じくソロモン諸島方面を担っていた陸軍第17軍と協議し、敵艦隊を撃破するため、一式陸上攻撃機と零式艦上戦闘機からなる基地航空隊の計45機を発進させる。同時に、重巡洋艦5隻と、寄せ集めの老齢艦3隻で編成された第八艦隊も出撃した。 緊急で集められたこの艦隊は一度も合同訓練の経験がなく、整備も不充分、加えて老齢の軽巡洋艦『夕張』はスクリューの一部が故障したままだった。さらに敵兵力の詳細も不明、第八艦隊の全艦がガダルカナル近海では初出撃であることから、連合艦隊司令部も懸念を示していた。ちなみにこの第八艦隊の旗艦『鳥海』には、報道班員として小説家・丹波文雄も乗り込み、第一次ソロモン海戦に従軍することとなる。水雷長から「とても生還できない戦いだから艦を下りた方が良い」とすすめられつつも、覚悟を決めたうえでの選択である。 同日の午前11時00分頃、ガダルカナル島上空に到達した日本軍航空隊がツラギ周辺の連合国軍艦隊を攻撃するも、効果的な戦果は上げられず。また、第八艦隊は出撃直後にアメリカ軍に発見されてしまう。しかしこれらの日本軍の動きに不安を覚えたアメリカ海軍機動部隊指揮官フランク・J・フレッチャー少将は、周辺海域からの空母撤退を決定。これは一切の航空援護のない第八艦隊にとっては運の良い流れとなった。

第一次ソロモン海戦の幕明け

8月8日13時30分、日本海軍第八艦隊はブーゲンビル水道を通過し、さらに21時00分頃にはニュージョージア島も通過。この間、連合国軍航空機に何度も発見されたが、この日本艦隊はラバウルへ向かうものと判断され放置された。 22時40分頃、曇天の暗闇のなか、第八艦隊はついにガダルカナル島近海に到達。哨戒する数隻の連合国軍艦艇と遭遇したが、全く気付かれておらず、敵陣営は油断している様子でもあった。23時30分、三川軍一中将の「全軍突撃せよ」の下令とともに、いよいよ敵大艦隊真っ只中へ突入を開始、第一次ソロモン海戦が幕開ける。 最初に発見した駆逐艦『ジャービス』『パターソン』、重巡洋艦『キャンベラ』『シカゴ』へ向け各艦が魚雷を発射したのを皮切りに、第八艦隊全艦は突撃しながら主砲・高角砲・機銃を一斉発射した。これによりわずか3分で『キャンベラ』が大破し航行不能となり、また『パターソン』では艦橋が吹き飛び艦長が戦死。『シカゴ』は大破しながらもスコールの中へと逃げ込んだ。この間、駆逐艦『バッグレイ』の放った砲弾が『夕張』の船体を貫通していた。 23時53分、突撃を続ける第八艦隊の猛攻に重巡洋艦『ヴィンセンス』『クインシー』『アストリア』が次々に大破炎上。しかし先頭で進撃する『鳥海』の一番砲塔と後部艦橋が『アストリア』『クインシー』の反撃により破壊され、さらに『青葉』でも被弾による火災が発生した。 0時23分、三川軍一中将が全軍撤退を命令。海域を離脱し始めた第八艦隊であったが、その途中で『天龍』『夕張』がアメリカ海軍の駆逐艦『ラルフ・タルボット』に遭遇、直ちに砲撃を開始し大破させた。 日本海軍第八艦隊が去った後、『ヴィンセンス』『クインシー』『アストリア』が沈没、さらに日本軍基地航空隊の攻撃により『ジャービス』が沈没し、『キャンベラ』は駆逐艦の砲雷撃により自沈処分された。 先陣を切る旗艦『鳥海』の艦内から決死の覚悟でこの第一次ソロモン海戦の一部始終を見届けた小説家・丹羽文雄は、後に著書「海戦」を出版し、中央公論賞を受賞した。

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第一次ソロモン海戦での各国の被害状況

日本海軍>> 【中破】:『鳥海』 【小破】:『青葉』『夕張』 アメリカ海軍>> 【沈没】:『ヴィンセンス』『クインシー』『アストリア』『ジャービス』 【大破】:『シカゴ』『ラルフ・タルボット』 【中破】:『パターソン』 オーストラリア海軍>> 【沈没】:『キャンベラ』

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