The Philippine Seaww2:1944年10月12日~16日

台湾沖航空戦/Formosa Air Battle

台湾沖航空戦 ※写真画像:アメリカ海軍第三艦隊:第38任務部隊

台湾沖航空戦は、太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)末期、台湾東方海域にて、大日本帝国海軍・基地航空部隊アメリカ海軍・空母機動部隊が激突した大規模航空戦。マリアナ沖海戦で大打撃を受け、絶対国防圏を突破された日本軍は、迫り来るアメリカ軍を迎え撃つため陸海軍総力による捷号作戦を準備するが、その最中に台湾沖航空戦が勃発した。

台湾沖航空戦での各国の参加艦艇

【日本海軍】 ■指揮官 「寺岡謹平中将」「福留繁中将」 ▼第一航空艦隊 ▼第二航空艦隊 ・T攻撃部隊(第762海軍航空隊) ▼航空機:1,251機 ▽紫電 ▽一式陸上攻撃機 ▽天山彗星 ▽銀河 ▽彩雲 ▽瑞雲 ▽飛龍(陸軍機)  VS 【アメリカ海軍】 ■指揮官 「マーク・ミッチャー中将」 ▼空母:17隻(▽搭載機:約1,000機) 『エセックス』『ホーネット』『フランクリン』『レキシントン』『ワスプ』『エンタープライズ』『インディペンディンス』他 ▼重巡洋艦 『キャンベラ』 ▼軽巡洋艦 『ヒューストン』 ▼駆逐艦 『ウィチタ』 ▼他艦艇:92隻

台湾沖航空戦勃発の経緯

台湾沖航空戦に、大日本帝国海軍連合艦隊は第二航空艦隊:T攻撃部隊を投入した。「T」とは「Torpedo」の頭文字で、部隊の主攻撃が魚雷攻撃であることを意味していたという。T攻撃部隊は捷号作戦に備えて編成されていたが、その出番は早まることとなる。 太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)末期、アメリカ海軍太平洋艦隊はレーダーを備え、その情報を基に戦闘機と連携、さらに艦艇の対空砲にはVT信管を装備するなど、日本軍航空機を迎え撃つ体制が高度に整っていた。 そこで日本軍は、勝機は意表を突くような攻撃にしかないと考え、あえて台風の渦中の悪天候、その機会がなければ夜間に大規模攻撃を敢行する作戦を計画。ただし第二航空艦隊司令長官福留繁中将はこの計画を疑問視し、台風のなかで攻撃を仕掛けるのはあくまで最後の切り札にするとした。 日本の絶対国防圏を突破したアメリカ海軍は、1944年10月10日、第三艦隊:第38任務部隊による沖縄本島への空襲を行う。後に十・十空襲(沖縄大空襲)と呼ばれるこの空襲で、日本海軍はもちろん、民間にも多大な被害がもたらされた。 これを受け、福留繁中将は、捷号作戦の発動を待たずにT攻撃部隊による夜間攻撃を発令した。 10月11日、第38任務部隊はフィリピン諸島を攻撃、さらに12日には航空機1,378機による台湾への大空襲を行うが、そのとき艦隊上空に日本軍T攻撃部隊が襲来し、台湾沖航空戦が勃発することとなった。

台湾沖航空戦での戦闘の経過

台湾沖航空戦の幕開けとなった10月12日17時30分、「銀河/双発爆撃機」68機が薄暮攻撃、夜間には「天山/艦上攻撃機」主体の攻撃隊44機のほか、「一式陸上攻撃機」や「飛龍/四式重爆撃機」が攻撃を仕掛けた。 この日の攻撃で空母『フランクリン』と重巡洋艦『キャンベラ』に命中弾があったとされるが、いずれも軽微な損傷にとどまった。 しかし10月13日、「一式陸上攻撃機」が放った魚雷が『キャンベラ』に命中。この被雷で『キャンベラ』は大破炎上の末、航行不能となり、重巡洋艦『ウィチタ』に曳航され後退していった。また、『フランクリン』には特攻機が衝突したとされる。 その一方で、第38任務部隊はこの日も台湾へ947機を出撃させ、軍事施設や飛行場、港湾施設などを徹底的に爆撃した。 10月14日、日本軍は、380機による航空総攻撃を敢行する。前日までの攻撃でアメリカ艦隊の防御力を削いだと判断しての総攻撃であった。しかし実際は第38任務部隊の損害は小規模で、さらにこの総攻撃は昼間も構わず行ったため、多数のアメリカ軍機による迎撃と、熾烈な対空射撃に晒された。 結果、244機もの航空機が未帰還となったが、辛うじて、夜間攻撃で「銀河/双発爆撃機」の魚雷が軽巡洋艦『ヒューストン』に命中、大破させるなどの戦果を上げた。 アメリカ海軍第三艦隊はキングII作戦のもと、沖縄・フィリピン・台湾における制空権の確保に成功、ここで攻撃を切り上げた。 一方、日本軍は10月16日までに何度も航空攻撃隊を差し向け、『フランクリン』に爆弾1発、『ヒューストン』に魚雷1本を命中させた。 台湾沖航空戦:艦尾が大破したヒューストン ※写真画像:魚雷を受け艦尾が大破したヒューストン/台湾沖航空戦 しかしアメリカ艦隊の高度な防空システムを前に航空機の損失も増え続け、T攻撃部隊はほぼ壊滅状態となった。

台湾沖航空戦での誤認と真相

台湾沖航空戦:朝日新聞の記事 ※写真画像:戦果誤認による当時の新聞記事/台湾沖航空戦 台湾沖航空戦の特徴として、深刻ともいえる戦果誤認が挙げられる。航空隊が電文によって戦果を過大報告し、大本営はそれをそのまま集計し発表、そして新聞が記事にして国民に知らせた。さらにそれを受け、アメリカでは一時的に株価が大暴落したという。 連合艦隊司令部が真相を知ったのは、10月16日になってからであった。 戦果誤認の原因として、曇天の闇夜のなかでT攻撃部隊が空襲を行う際、ほとんどの電探が故障しており、照明隊は吊光投弾の使用が困難な状況で、さらに触接機もなかったためとされている。 戦果確認が極めて難しい状況であったことは、アメリカ海軍第三艦隊司令長官ウィリアム・ハルゼー大将も自艦隊が大損害を受けたと誤認していたことからも頷ける。

台湾沖航空戦での各国の損害状況

日本海軍>> ▽航空機:損失・損傷312機 アメリカ海軍>> 【大破】:『キャンベラ』『ヒューストン』 【小破】:『フランクリン』 ▽航空機:損失・損傷89機

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