Leyte Gulf, Philippinesww2:1944年10月23日~25日
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レイテ沖海戦/Battle of Leyte Gulf:捷一号作戦

レイテ沖海戦:シブヤン海海戦・スリガオ海峡海戦・エンガノ岬沖海戦・サマール沖海戦

大日本帝国海軍連合艦隊アメリカ海軍太平洋艦隊ともに大半の海軍戦力を投入したレイテ沖海戦は、その規模の大きさから人類史上最大の艦隊戦とされている。戦域も広範囲にわたり、このレイテ沖海戦にはシブヤン海海戦スリガオ海峡海戦エンガノ岬沖海戦サマール沖海戦と呼ばれる4つの海戦が含まれている。別名では「比島沖海戦」もしくは「フィリピン沖海戦」とも呼ばれている。

太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)末期のレイテ沖海戦では航空戦力も戦況を大きく左右させた。圧倒的戦力で襲い来るアメリカ・オーストラリア連合軍に対し、大日本帝国はこのレイテ沖海戦で初めて神風特別攻撃隊を投入した。

動画:レイテ沖海戦当時の記録映像

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レイテ沖海戦の背景:捷一号作戦

レイテ沖海戦に至るまでに、大日本帝国の情勢は著しく変化した。マリアナ沖海戦での大敗以降、勢力は一気に衰退し、ついには沖縄や小笠原諸島にまでアメリカ艦隊が来襲するようになる。そして日本の支配下にあったフィリピン、台湾もまた、そのターゲットの候補として挙げられていた。 太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)開戦当時、フィリピン軍元帥であったダグラス・マッカーサーは、指揮していた大部隊を来襲した日本軍にあっさり壊滅させられ、長く在住していたフィリピンの地を追いやられるという苦い経験を持っていた。 フィリピンをどうしても取り戻したいダグラス・マッカーサーは、攻略目標としてフィリピンをしつこく提案。レイテ島に日本軍が存在しないという情報があったことや、フランクリン・ルーズベルトの政治的な兼ね合いから、結果として、アメリカ軍の次の攻略目標はフィリピン・レイテ島に決定された。 一方、日増しに激化するフィリピンへの攻撃から、日本軍側も敵がフィリピンに侵攻してくるのは間違いないと判断し、捷号作戦(捷一号作戦)を計画した。これは、まず航空兵力によって敵機動部隊を牽制し、隙を狙って戦艦を主力とする水上部隊が突撃、敵を殲滅し、上陸を阻止するという内容だった。 しかし、アメリカ軍が発動したキングII作戦で度重なる空襲を受け、航空兵力はほぼ壊滅状態であり、また、搭乗員を訓練する余裕もなかったことから、大日本帝国軍はこのレイテ沖海戦でついに、神風特別攻撃隊を組織し出撃させることとなる。 また、敵潜水艦の攻撃により油槽船を何隻も撃破され、大日本帝国海軍では燃料も枯渇し始めていた。同様に護衛の駆逐艦も各地で沈められ、レイテ沖海戦には駆逐艦も当初の予定より不足した状態で臨むこととなった。

レイテ沖海戦での各国の参加艦艇

【日本海軍】 ■指揮官 「小沢治三郎中将」「栗田健男中将」「西村祥治中将」「志摩清英中将」 ▼空母:4隻 『瑞鶴』『千代田』『千歳』『瑞鳳』 ▼戦艦:9隻 『大和』『金剛』『長門』『榛名』『伊勢』『日向』『武蔵』『山城』『扶桑』 ▼重巡洋艦:14隻 『羽黒』『那智』『足柄』『利根』『妙高』『青葉』『熊野』『愛宕』『筑摩』『最上』『鈴谷』『高雄』『摩耶』『鳥海』 ▼軽巡洋艦:7隻 『大淀』『多摩』『五十鈴』『矢矧』『能代』『鬼怒』『阿武隈』 ▼駆逐艦:35隻 『秋霜』『初春』『初霜』『秋風』『不知火』『』『』『』『若月』『』『』『』『』『時雨』『浦風』『磯風』『雪風』『浜風』『清霜』『浜波』『藤波』『島風』『岸波』『沖波』『朝霜』『長波』『早霜』『若葉』『山雲』『満潮』『野分』『初月』『秋月』『浦波』『朝雲』  VS 【アメリカ海軍】 ■指揮官 「ウィリアム・ハルゼー大将」「トーマス・キンケイド中将」 ▼空母:35隻 『レキシントン』『エセックス』『ホーネット』『ワスプ』『ハンコック』『カウペンス』『イントレピッド』『バンカーヒル』『カボット』『インディペンデンス』『モントレー』『ラングレー』『エンタープライズ』『フランクリン』『ベロー・ウッド』『サン・ジャシント』『サンガモン』『サンティー』『スワニー』『シェナンゴ』『ペトロフ・ベイ』『サギノー・ベイ』『ナトマ・ベイ』『マニラ・ベイ』『マーカス・アイランド』『オマニー・ベイ』『サボ・アイランド』『カダシャン・ベイ』『ファンショー・ベイ』『ホワイト・プレインズ』『キトカン・ベイ』『カリニン・ベイ』『プリンストン』『ガンビア・ベイ』『セント・ロー』 ▼戦艦:12隻 『アイオワ』『ニュージャージー』『サウスダコタ』『マサチューセッツ』『ワシントン』『アラバマ』『ミシシッピ』『メリーランド』『ウェストバージニア』『ペンシルベニア』『テネシー』『カリフォルニア』 ▼重巡洋艦:11隻 『チェスター』『ソルトレイクシティ』『ペンサコラ』『ボストン』『ウィチタ』『ニューオリンズ』『ルイビル』『ポートランド』『ミネアポリス』 『インディアナポリス』『キャンベラ』『ボルチモア』『サンフランシスコ』 ▼軽巡洋艦:15隻 『ビンセンス』『マイアミ』『ビロクシー』『オークランド』『サンディエゴ』『サンタフェ』『モービル』『バーミングハム』『コロンビア』『デンバー』『ボイシ』『フェニックス』 ▼駆逐艦:127隻 【オーストラリア海軍】 ▼重巡洋艦:1隻 『シュロップシャー』

レイテ沖海戦:捷一号作戦・戦闘の経過

レイテ沖海戦 (レイテ沖海戦:出撃前の戦艦大和・武蔵・長門)

1944年10月17日、アメリカ軍がレイテ湾に侵入。これを受け、連合艦隊司令長官・豊田副武大将は捷一号作戦を発令。総力を結集した大日本帝国海軍連合艦隊は、レイテ湾へ向けて各々進軍を開始した。 この時、栗田健男中将率いる第二艦隊第一遊撃部隊第一部隊・第二部隊は、時間的余裕がなかったことから、極めて危険とされるパラワン水道をあえて通過するコースを選んだ。 10月23日早朝、敵潜水艦に対する警戒は強めていたものの、待ち伏せていたアメリカ海軍の潜水艦『ダーター』『デイス』に重巡洋艦『愛宕』『摩耶』を撃沈され、さらに『高雄』にも魚雷が命中し大破させられてしまう。その後『高雄』は離脱中も『ダーター』に追跡されるが、『ダーター』が座礁し自沈処分されたことで免れた。 栗田艦隊はいきなり大打撃を被り、この出来事は後に"パラワン水道の悲劇"と称されることとなった。旗艦『愛宕』が撃破されたが、栗田艦隊司令部は戦艦『大和』へ移され、以降も作戦は継続される。

レイテ沖海戦「シブヤン海海戦(栗田艦隊)」

レイテ沖海戦のなかで、フィリピン中央部にある小さな海域、シブヤン海で生起した栗田艦隊とアメリカ軍機との戦闘は、シブヤン海海戦と呼ばれている。 10月24日6時頃より続々と、第六基地航空部隊の索敵機が敵艦隊発見を報じた。これを受け、基地航空部隊を指揮する福留繁中将は、6時30分、170機からなる攻撃隊と、各単騎での奇襲を目的とした「彗星」12機を出撃させた。 しかし進撃の途中で攻撃隊は150機以上の敵航空機と遭遇し、行く手を阻まれてしまう。激しい空中戦を展開する両軍航空機であったが、「彗星」のうちの1機が、雲に隠れたりしつつまさに忍びのように敵空母へ接近し急降下爆撃を仕掛けた。 投下した爆弾は空母『プリンストン』に命中。大破炎上した『プリンストン』は、その後魚雷が誘爆したものとされる大爆発を起こす。消火活動にあたっていた軽巡洋艦『バーミングハム』もこれに巻き込まれ大破。『プリンストン』は後に自沈処分されることとなった。 一方、栗田艦隊は、索敵機により9時40分、サンベルナルジノ海峡付近に敵艦隊の存在を確認。10時08分には迫り来る敵攻撃隊を探知した。航空支援のない栗田艦隊は速力を上げつつ、艦艇の対空戦闘のみでの迎撃を強いられる。 10時26分、アメリカ海軍第38任務部隊の空母『イントレピッド』『カボット』から放たれた計45機が栗田艦隊上空に到達。戦艦『大和』の砲門が火を吹いたのを皮切りに、栗田艦隊各艦は一斉に対空戦闘を開始した。その3分後、戦艦『武蔵』に爆弾が命中するも、跳ね返り空中で爆発。続いて命中した魚雷も小破に留まったが、重巡洋艦『妙高』に命中した魚雷は同艦を大破させた。 別の海域では、同時進行で基地航空部隊と小沢機動部隊がアメリカ軍機動部隊との航空戦を繰り広げていたが、捷号作戦の初期段階である"航空兵力による敵機動部隊への牽制"については、先の『プリンストン』撃沈以降は、当初の予定通りの効果を上げられずにいた。 航空支援のない栗田艦隊は、この後も執拗な空襲を受けることになる。空母『レキシントン』『エセックス』『エンタープライズ』『フランクリン』も加わり、第五波まで続いた空襲のなかで、『武蔵』は対空戦闘により約30機を撃墜したが、少なくとも爆弾25発を被弾、魚雷20本以上を被雷し陣形から落脱。 シブヤン海海戦(レイテ沖海戦)で空襲を受ける戦艦武蔵 (レイテ沖海戦:激しい空襲を受ける戦艦武蔵) 『大和』にも爆弾1発が命中し、戦艦『長門』、重巡洋艦『利根』、軽巡洋艦『矢矧』、駆逐艦『藤波』『浜風』『清霜』もそれぞれ損傷を負う。 連合艦隊司令部は、続々と報告される栗田艦隊の惨状を聞き悲壮感に包まれるも「天佑を信じ全軍突撃せよ」と電令し、作戦続行の意志を示した。栗田艦隊は基地航空部隊と小沢機動部隊の航空支援を待ち一時反転していたが、敵機動部隊からの空襲が止んだため、その電令の受信を待たずレイテ湾へ向けて再突入を開始した。 19時35分、浸水が激しく傾斜も増大した『武蔵』は、ついに暗黒の海底へと沈みゆく。不沈艦といわれ、多くの期待を寄せられた巨艦の最期であった。

レイテ沖海戦「スリガオ海峡海戦(西村・志摩艦隊)」

レイテ沖海戦で、第二艦隊第一遊撃部隊のうち西村祥治中将率いる第三部隊、それに後続する志摩清英中将の第二遊撃部隊が、レイテ湾へと続くスリガオ海峡内で会敵し戦闘に至った経過は、スリガオ海峡海戦とよばれている。 10月24日6時50分、レイテ湾の索敵を行っていた偵察機が敵大艦隊の存在を報告する。この時、スリガオ海峡を目指し進軍していた西村艦隊と志摩艦隊もまた、航空機の触接によりアメリカ艦隊に発見されていた。 8時13分、志摩艦隊の駆逐艦『若葉』が敵編隊約20機による空襲を受け沈没した。その後も、『エンタープライズ』『フランクリン』から放たれた攻撃隊約20機が西村艦隊に来襲。戦艦『扶桑』の艦尾に爆弾が命中し爆雷が爆発、火の海に。駆逐艦『時雨』も被弾し、11時52分には『初霜』も命中弾を受け損傷する。しかしそれ以上の空襲はなく、周辺海域のアメリカ艦隊の攻撃はシブヤン海海戦のほうに集中した。 レイテ湾には栗田艦隊と同時に突入する手筈であったが、激しい空襲を受けダメージを負った栗田艦隊が一時反転したことで時差が生じる。19時00分、連合艦隊司令長官より「全軍突撃せよ」の電文が届き、西村祥治中将はレイテ湾への単独突入を決意。志摩艦隊もそれに続くこととなった。 一方、レイテ湾への進入路であるスリガオ海峡では、ジェシー・B・オルデンドルフ少将が指揮するアメリカ海軍第77任務部隊第2群が西村艦隊を待ち伏せていた。戦艦6隻、重巡洋艦4隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦26隻、魚雷艇39隻、計79隻からなる大艦隊である。 来襲する魚雷艇群を蹴散らしながら進撃を続ける西村艦隊であったが、10月25日3時09分より始まったオルデンドルフ部隊駆逐艦群の凄まじい砲雷撃の嵐により、まず『扶桑』が大破し大爆発。続いて駆逐艦『山雲』『満潮』が被雷後に沈没し、『朝雲』も魚雷を受け大破、旗艦『山城』も損傷を負う。 3時51分からは、オルデンドルフ部隊の各戦艦、巡洋艦が出迎え一斉砲撃を開始。西村艦隊は4300発以上もの砲弾を浴びせられ、戦艦『最上』が大破炎上、『山城』が大爆発の末に沈没した。西村祥治中将もその際に戦死した。 志摩艦隊は激しいスコールに見舞われながらもスリガオ海峡に侵入したが、敵魚雷艇の攻撃を受け軽巡洋艦『阿武隈』が中破。さらに旗艦『那智』が、離脱を試み微速航行していた『最上』と衝突し損傷、『最上』はその衝撃で弾薬が誘爆を起こす。 西村艦隊が壊滅し敵情が一切不明となったため、志摩艦隊はレイテ湾への突入を断念し、戦場を離脱していった。その後『朝雲』は追撃され沈没、『最上』『阿武隈』は空襲を受け沈没した。また、別動隊の軽巡洋艦『鬼怒』、駆逐艦『浦波』も、アメリカ軍空母に補足されなすすべもなく沈没することとなった。

レイテ沖海戦「エンガノ岬沖海戦(小沢機動部隊)」

レイテ沖海戦で発令された捷号作戦の初期段階、"航空兵力による敵機動部隊への牽制"は、このエンガノ岬沖海戦でやっと果たされる。前日のシブヤン海海戦では、小沢機動部隊が牽制する、あるいは囮になるという作戦が成功せず、栗田艦隊は激しい空襲を一身に受け大打撃を被ったが、夕刻になってようやく、アメリカ艦隊が小沢機動部隊を発見。翌日になって一気に食らいついた。 10月25日8時15分、ウィリアム・ハルゼー大将が指揮する機動部隊から180機の攻撃隊が来襲する。零戦隊が17機を撃墜するも、敵航空機群の勢いは止められず。この攻撃により空母『瑞鳳』『瑞鶴』『千歳』、軽巡洋艦『大淀』『多摩』が被弾。そのなかでも特に多くの命中弾を受けた『千歳』は浸水が激しくなり、転覆しながら沈んでいった。また、駆逐艦『秋月』が謎の大爆発を起こし沈没した。 9時58分から始まった2度目の空襲では空母『千代田』も大破炎上、直掩の零戦隊は燃料を使い果たし全機が海面に不時着する。ボロボロな状態の小沢機動部隊に対し、ハルゼー機動部隊は『プリンストン』を撃破されたものの、未だ空母16隻が健在していた。 13時05分、零戦隊が壊滅し守るものもいなくなった小沢機動部隊に、さらに約100機の航空機群が襲いかかる。3度目の空襲は『瑞鳳』『瑞鶴』に集中した。次々に投下される爆弾、撃ち込まれる魚雷に両空母はひとたまりもなく、ついに撃沈されてしまう。 軽巡洋艦『五十鈴』、駆逐艦『槇』は復旧不能の『千代田』の曳航を試みたが、散発的な空襲を受け被弾し、また、燃料も不足していたことから曳航を諦めた。『五十鈴』『槇』は一時撤退し、日没後に『千代田』乗員の救助を行うことにしたが、それより先にローレンス・T・デュボース少将率いるアメリカ艦隊に発見され、『千代田』は砲撃により撃沈された。 17時26分、北上していた戦艦『伊勢』と『大淀』にアメリカ軍攻撃隊約85機が来襲する。特に『伊勢』が集中攻撃を受け、至近弾34発による損傷を負うが、弾幕射撃により22機を撃墜。爆弾は巧みに回避し直撃弾は1発もなかった。 第一次空襲で大破していた『多摩』は、単独で退避行動中にアメリカ軍潜水艦『ジャラオ』に発見され、発射された7本の魚雷のうち3本が命中し轟沈した。 19時05分、『五十鈴』は『千代田』乗員救出のために戻ってきたが、艦が見当たらない。燃料不足のため、付近にいた駆逐艦『初月』に『千代田』の捜索を依頼するが、そこへ突如、『千代田』を撃沈したデュボース艦隊13隻が現れた。 『五十鈴』と、それに合流していた駆逐艦『若月』は、小沢治三郎中将へ敵艦隊発見を知らせた後、煙幕を展開しつつ退避に成功したが、不運なことに、『初月』は気付いた時には既に敵艦隊との距離が近く、次第に追いつかれる。覚悟を決めた『初月』は囮となり単艦で交戦、集中砲火を受け戦没した。 半数近くが沈められ瀕死ともいえる状態になっていた小沢機動部隊は、それでも敵艦隊が出現した海域へ向かうが、結局遭遇できずそのまま帰路についた。

レイテ沖海戦「サマール沖海戦(栗田艦隊)」

レイテ沖海戦は、このサマール沖海戦をもっていよいよ終盤へと差し掛かる。大日本帝国海軍連合艦隊は、西村艦隊が壊滅し、志摩艦隊も脱落するなか、小沢機動部隊が決死の囮になることで、捷号作戦での主力・栗田艦隊をレイテ湾へと進撃させることには成功していた。ちなみに栗田艦隊の残存戦力は、戦艦4、重巡洋艦6、軽巡洋艦2、駆逐艦11の計23隻であった。 10月25日6時45分頃、現れる敵航空機を撃退しつつ進撃する『大和』が、アメリカ軍兵力の上陸支援を行う護衛空母群を発見する。空母6、駆逐艦7、計13隻からなる、アメリカ軍第77任務部隊第4群の第3集団である。およそ同時刻にアメリカ軍側も日本艦隊を発見。警戒態勢を解除した直後に出現した敵大艦隊に、司令官クリフトン・A・F・スプレイグ少将は狼狽し、護衛空母群の各艦内はパニックに。 6時57分、栗田健男中将が巡洋艦・駆逐艦部隊に突撃命令を下し、そして戦艦『大和』『長門』にも射撃開始を下令。『金剛』『榛名』も砲撃を開始した。一方、アメリカ軍側も、混乱しながらも各空母で次々と攻撃隊を発進させていく。 対空戦闘と並行し空襲を回避しながら猛攻を仕掛ける栗田艦隊。最初の標的となった空母『ホワイト・プレインズ』は至近弾により機関室が破壊され、さらに15cm砲弾3発を被弾する。また、空母『キトカン・ベイ』が至近弾により損傷、『ファンショー・ベイ』が20cm砲弾4発を受け損傷した。 しかしそれ以外は、アメリカ艦隊が運良く発生していたスコールに隠れたため命中弾を得られず。そんな折、突進する重巡洋艦『熊野』が駆逐艦『ジョンストン』の魚雷を受け大破。『ジョンストン』も砲撃を受け大破するが、これまた運良くスコールに隠れることに成功した。 7時25分、突進してきた駆逐艦『ホーエル』が『金剛』の砲撃で損傷し、さらに各艦からの集中砲火を浴び大破。その後、空母『カリニン・ベイ』も多数被弾し炎上。日本側では、重巡洋艦『鈴谷』『羽黒』が空襲により損傷した。栗田艦隊は断続的に空襲に晒されるなか、スプレイグ艦隊駆逐艦の魚雷攻撃は全て避けきった。 7時59分、『金剛』『筑摩』『利根』が空母『ガンビア・ベイ』を発見し砲撃を開始。これを妨害するため駆逐艦『ジョン・C・バトラー』『デニス』が立ちふさがるが、『デニス』は直撃弾を受け損傷し、『ジョン・C・バトラー』が展開した煙幕へ退避した。 この後、大破し退避中の『ホーエル』を『大和』『矢矧』『能代』が砲撃により撃沈。『ガンビア・ベイ』と、駆逐艦『サミュエル・B・ロバーツ』『ジョンストン』も続々と砲弾を浴び沈没した。 この時、栗田艦隊は、アメリカ軍第77任務部隊第4群の第1集団(空母6、駆逐艦7)と第2集団(空母6、駆逐艦8)に挟まれる状況となっていた。このうちの第1集団に、ダバオから出撃した神風特別攻撃隊(菊水隊・朝日隊・山桜隊)が到達し、特攻を仕掛ける。 護衛空母群を発見後、急降下した1機が空母『サンティー』に命中、飛行甲板を貫通して格納庫内で爆発し、空母『スワニー』にも別の特攻機が命中して大穴を空けた。 栗田健男中将は、散らばった各艦へ再集結を命じるが、この間、第77任務部隊第4群の様々な空母から飛来した敵航空機群の空襲により、『鳥海』『筑摩』が大破。『鈴谷』は爆弾を受け火災が発生、魚雷が誘爆を起こし沈没した。『鳥海』『筑摩』はその後、駆逐艦『野分』『藤波』に雷撃処分されたが、その際に『野分』はハルゼー艦隊に見つかり撃沈された。 10時40分、マバラカットから出撃した神風特別攻撃隊(敷島隊)が敵艦隊に突入、『キトカン・ベイ』に2機が命中し損傷させる。さらに1機が空母『セント・ロー』に突入、飛行甲板を貫通後、搭載していた爆弾もろとも爆発した。炎上する『セント・ロー』は爆発を繰り返しながら沈没していった。その後さらに、セブから出撃した特攻機2機が『カリニン・ベイ』に命中し損傷させた。 サマール沖海戦(レイテ沖海戦)で空母セント・ローに神風特攻 (レイテ沖海戦:空母セント・ローに特攻機が命中した瞬間) 再集結を終えた栗田艦隊は再びレイテ湾を目指し進撃するが、その途上の11時頃に「敵機動部隊発見」の報が入る。また、12時07分に敵航空機群50機が襲来し『利根』が直撃弾を受け損傷した。 状況を鑑みた栗田艦隊司令部は、協議の結果、レイテ湾突入を中止し敵機動部隊を叩くことを選んだ。しかし、反転し目標の海域へ向かうも敵機動部隊の艦影はなく、結局、満身創痍の栗田艦隊はそのまま撤退行動に移った。 その間も空襲は続き、至近弾で『榛名』が損傷し『矢矧』で火災が発生、駆逐艦『早霜』が被弾した。10月26日には『大和』が被弾、駆逐艦『能代』『藤波』『不知火』が沈没し、『早霜』はセミララ島の浅瀬に座礁した後放棄された。 レイテ沖海戦の後、レイテ島を完全に制圧したアメリカ軍は、次の制圧目標をミンドロ島に定める。大日本帝国海軍連合艦隊は壊滅状態に陥り、これ以降、大規模な艦隊行動は不可能となった。日本海軍が本土の国民を守れるだけの力は、このレイテ沖海戦で消え去った。

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レイテ沖海戦での各国の被害状況

日本海軍>> 【沈没】:『瑞鶴』『千代田』『千歳』『瑞鳳』『武蔵』『山城』『扶桑』『愛宕』『筑摩』『最上』『鈴谷』『摩耶』『鳥海』『能代』『鬼怒』『阿武隈』『多摩』『早霜』『若葉』『山雲』『満潮』『野分』『初月』『秋月』『浦波』『朝雲』 【大破】:『高雄』『妙高』『青葉』『熊野』 【中破】:『伊勢』『長門』『矢矧』『槇』 【小破】:『大和』『榛名』『利根』『五十鈴』『浜風』『清霜』『時雨』 アメリカ海軍>> 【沈没】:『プリンストン』『ガンビア・ベイ』『セント・ロー』『ホーエル』『サミュエル・B・ロバーツ』『ジョンストン』 【大破】:『カリニン・ベイ』『バーミングハム』 【中破】:『ホワイト・プレインズ』『キトカン・ベイ』『サンティー』『スワニー』『デニス』『ヒーアマン』 【小破】:『ファンショー・ベイ』 オーストラリア海軍>> 被害なし

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