駆逐艦【天津風/Amatsukaze】竣工:1940年10月26日
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大日本帝国海軍 連合艦隊 :駆逐艦『天津風』

大日本帝国海軍連合艦隊の駆逐艦【天津風/Amatsukaze】

大日本帝国海軍連合艦隊の駆逐艦『天津風』陽炎型駆逐艦の9番艦。当時の大日本帝国海軍の次世代型駆逐艦の試作艦でもあった。天津風という艦名は初代『天津風』から襲用している。1945年4月6日、アメリカ軍機と激しい戦闘を繰り広げた末、厦門湾で座礁し爆破処分された。

『天津風』は次世代型駆逐艦のプロトタイプ

■全長:118.5m ■全幅:10.8m ■乗員:239名 ■排水量:2,752t ■巡航能力 □速力:35.0kt □航続距離:9,260km ■兵装 □50口径12.7cm連装砲3基6門 □96式25mm連装機銃 2基4門 □92式61cm四連装魚雷発射管2基8門 □93式魚雷16本 □94式爆雷投射機1基 □爆雷投下台6基 □爆雷16個 陽炎型駆逐艦の9番艦として誕生した天津風は、次世代型駆逐艦用に開発された新型の試作機関をテストケースとして搭載。姉妹艦と比較して高温・高圧の缶を採用した事で機関がコンパクトになり、燃費も向上していた。 ただし、天津風の機関出力は他の陽炎型駆逐艦と同じ5万2000馬力に抑えられていたため、巡航時の燃費は姉妹艦と同等だった。

単騎でアメリカ軍潜水艦と戦うも不運の最期

1944年1月16日、輸送船団を護衛中だった天津風は南シナ海で浮上していたアメリカ海軍潜水艦レッドフィンを発見。 単艦で追撃中、レッドフィンの雷撃を受け魚雷1本が左舷一番煙突下に命中した。荒れた天候も災いして船体が前後に断裂してしまい、艦橋を含む前部は間もなく沈むこととなったが、後部は幸運にも応急処置に成功し沈没を免れた。 しかし浸水によってボイラーも停止したため航行不能のまま漂流することになり、その後ようやく友軍に発見されたのは23日になってからであった。 前部を失った天津風はシンガポールへと回航。切断面の先に仮艦首を建造、甲板には仮設の操舵艦橋と前部マストが設置された。しかし大日本帝国海軍は高性能な機関を有していた天津風をそのままにすることはなく、本国での修理が決定したのだが、不運にも本国への帰投任務中にアモイ沖にてアメリカ軍爆撃機に発見される。 その際、反跳爆撃によって主砲は全て破壊され、無線機・機関・舵も故障してしまう。その後、人力操舵でアモイ島南岸にたどり着くも座礁。天津風は放棄されることが決定し、爆雷により爆破処分された。

『天津風』が参加した海戦
スラバヤ沖海戦 太平洋戦争初の大規模艦隊戦!
ミッドウェー海戦 太平洋戦争の勝敗を決定づけた海戦!
第二次ソロモン海戦 終わりなきソロモンの攻防
南太平洋海戦 ガダルカナル島を賭けた大艦隊戦!
第三次ソロモン海戦 船の墓場と化すソロモン

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